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すきなものをすきなだけ、

軽率に、好きなものを好きなだけ。

君は僕を夕陽みたいだと言ったね

 
 
 
スタッフとして参加した去年も含めて4年連続で足を運んでいたフェスに今年はじめて行かないことにした。家族で行くつもりだったけど都合つかなくなったから。というのは半分ほんとで半分建前。笑。
わたしの都合はなんとでもなるのに、行かないことにした。
はじめて、あぁ行けないって。思った。
 
ボラ/ンティアで知り合った人たちが今年も何人かスタッフとして行くらしい。SNSに投下される、意気込みとか◯◯にいます!の報告を見る度に、わたしはこの人たちのようにはなれない。って沈んだ。彼ら(彼女ら)みたいにずっとキラキラできない。
それを見るのがしんどくて、iPhoneからFbも消した。ツイッターもほとんど表アカには入らない。
目をそらして、ごまかす。
 
あるライブにボ/ラ/スタッフとして参加してから、みるみるうちに今までのやる気が嘘みたいに、萎んだ。
やりきった達成感より、やれなかったことの後悔の方が何倍も大きくて。そのイベントが悪かったわけじゃない。きっと周りは誰も悪くない。わたしの気持ちの問題で、結局今までやってきたこともわたしのエゴで自己満だっただけだと気づいただけで。その証拠に次こそはもっとやる!よりも、限界感じて、踏み込んじゃいけない一線越えたなって、見限る方を選んだ。
ひとつのフェスを作る側に何度か携わってその一端を担えた時、お客さんの笑顔が嬉しくて、たのしくて、ステージに上がっているアーティストに《仲間》だと言ってもらえることが誇らしかった。3年前のフェスのスタッフやったあとは本気で、本気でエンターテイメントを提供する側の仕事をしたいとも考えてた。
同じ目線で作る側として立っていることに酔ってたんだな。きっと。自己陶酔もいいとこ。笑。
 
作る側の気持ちや楽しさを覚えたはずなのに、いざ自分の無力さとか向いてなさとかコミュ力のなさに直面したらぜんぶ嫌になって、興味すら萎んでく。勝手だよな〜ほんと。笑。
 
本気で取り組んでる周りの人たちに失礼だし、恥ずかしくて、なにもできない、しちゃいけない。って思った。
大好きなバンドマン達は東北を心底愛して、足繁く通って、痛みも苦しみも悲しみもぜんぶひっくるめて東北を知ってくれてる。そんなバンドマン達のライブをどんな気持ちでどんな顔で見たらいいかわかんない。初めて、あぁ今は見れないなぁっておもった。
 
鬱々と書いてるように見えるけど、日々ヲタ充して4月に遠征二本(きらみゅん)いれる元気はあるし、仕事から帰ってきては、アンスタとアイナナはしごして二次ドルにきゅんきゅんしてるし、毎日えぐちたくや愛してるから結婚してくれって思うぐらいには元気なんだよ。ふふん。
 
 
でも、ふと、その大好きなバンドの曲を聴くと、次彼らがライブするってなったとき、わたしはこの人たちのライブにいけるのか、とか考える。
全然軽率になれない。
おかしいなぁ。(´·_·`)
 
彼らを大好きになるきっかけになった大好きなフェスに行けない寂しさよりも、今年もなにかしたいと思う気持ちと、でも追いつかない萎みきった気持ちの間でずっとふらふらふらふらしてる。ふらふらしててしんどい。
いつかちゃんとまた向き合えたりするかな。
 
 
 
 
タイトルは大好きなバンドの大好きな曲の一節を和訳したもの。